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落水時(冷水)のサバイバル

ボートと言えば当然のことですが、板一枚下は水で往々にして楽しい筈のボートが地獄となる事もあります。特に冷たい水はいくら泳ぎに自信があっても油断は禁物です。
忘れていた万一に備えた処置方法・知識を見直しましょう。

目次

1       

1.1.         自分は泳げるから大丈夫のはず・・

1.2.         「冷たい」というけれど、どれくらいから「冷たい」のか

2        サバイバルのため、物心両面で心がけるべきこと

2.1.         100%の準備、体調でなかったらそもそも乗艇するな

2.2.         何ができるか、予めきちんと把握しておけ

2.3.         テクニックを練習しておけ

2.4.         適切な用具と服装を着用しろ

2.5.         万一の場合を想定して用意しておけ

3         冷水につかっていることの危険性について

3.1.         水を飲まなくても溺れる「ドライドラウニング」

3.2.         冷水ショック

3.3.         泳ぐ能力の減退、喪失

3.4.         低体温症

3.5.         引き上げられた後の衰弱、昏倒

4        チェックリスト 

1 序
 明瞭なことだが、ここで言っておこう。もっとも大切なことは、できる限りボート内にとどまっていろ、ということだ。そのためには心がけるべきことがあって、それは ? ボート自体が十分な浮力を保つ能力を備えており、整備もきちんと行われていること
? 水域の衝突回避および航行のルールを把握しておくこと
? 暗くなったら、灯火器を点灯し、白色または反射材がある衣服を着用すること
? 水中障害物の位置を把握しておくこと
? 乗艇前に当地の天気予報と水面の状態をチェックしておくこと。条件が悪かったり、 帰る頃には悪天候が予想されたら乗艇しないのが一番。
 これらをすべてクリアしたらめでたく乗艇となるのだが、それでも最悪の事態に備えておかなければならない。 なにしろ、冷たい水に落水したら、生命が危ういのだ。 サバイバルのために事前に打てる手はたくさんある。 とにかく、落水は自分にも起き得ることだと自覚することだ。決して他人事ではない。

1.1. 自分は泳げるから大丈夫のはず・・
 たしかに泳げることはいいことだ。たとえそれが落水時のほんの気安めにしかならないにしても 、だ。 だが、泳ぐことが可能な状態であったにもかかわらず、泳げる人と泳げない人の水死の確率はほとんど同じであるというデータがある。 (イギリス内務省のデータ1981 http://www.homeoffice.gov.uk/rds/pdfs2/hosb1880.pdf 参照).
多くの水死事件は、ほんのすぐそこに手が届きそうな近さで発生している。イギリスの1977年のデータだが、 広い水面での水死の55%は安全圏から3mの域内、42%は2mの域内で発生している。カナダでは1991年から2001年の間、 ボートで水死した事例の41%は岸から10m以内で発生し、22%は10-15mであったという。冷たくない水で泳いだり、 浮いたりできるからといって、冷たい水でも泳げるかというとそんなことはないのだ。なぜか?波や流れの影響は別にして、泳げる能力、 さらにはただ浮いていられる能力というのにはいくつもの要素が関係する。
すなわち、落水、ドライドラウニング(水を飲んでいないのに窒息する)、冷水ショック、本来泳げる人も泳げなくなってしまう事象、 および低体温症に至る前のその人の状態である。これらはある程度緩和可能なものである。だから、それについての知識を得て、 対応を考えておこう。

1.2. 「冷たい」というけれど、どれくらいから「冷たい」のか
水温が26℃より低いと生存に悪影響をおよぼす。湖の水温は一般に海水より低い。イギリスの湖のほとんどは年間を通して10℃以下である。 生命の危険ある最初の症状は冷水ショックであるが、25℃以下でその兆候が現れ始め、10℃から15℃の間でピークに達する。 ある水温でどれほどの時間生存が可能かを示す、いわゆる予想生存カーブというのがあるが、あまり役立たない。 それらのデータは身体の芯まで冷えたときの予想確率を示したものに過ぎず、実際には、体芯温が危険レベルにまで低下する前に、 初期の局所的な低体温症の影響の方が致命的になるかもしれないからだ。たとえば、水温が15℃以下に下がると、手足の末梢部分が急速に、 しかも重度に動かせなくなる。そうなると生存に必要な作業をやろうにもできなくなってしまう。
FISAは、そのガイドライン「最低限の冷水安全ガイドライン」のp.5において、水温10℃以下では個人毎の浮力装置 (Personal Flotation Device、PFD)を使用するよう、特別安全注意を勧奨している。
http://dps.twiihosting.net/fisa/doc/content/doc_7_1087.pdf

2 サバイバルのため、物心両面で心がけるべきこと
2.1. 100%の準備、体調でなかったらそもそも乗艇するな
身体の具合が悪かったり、疲れていたり、酒・麻薬を飲んだりしていては思ったようなローイングができないことは、皆、分かっているだろう。 そんな状態では万一のときの対応がうまくできない。たとえば、酒を飲んだときに現れる悪影響は、判断力、決断力、対応のスピード、 身体能力、集中力、および周囲の状況への気づきが低下することだ。また、それではすでに低体温症に陥り易くなっている。 空腹と水分不足は判断力と身体の反応を鈍らせる。したがって、自分でできることはやって万一の場合の生存率を高めることだ。
それには、上で述べたような条件に引っ掛かっていると思ったら乗艇しないことだ。自分の調子が十分ではなかったら、 自分ひとりのみならず、クルーをも危険にさらすことになりかねない。板子一枚下は地獄。万一の場合、 機転が働かないようであってはならない。

2.2. 何ができるか、予めきちんと把握しておけ
「そんな難しいことじゃないだろう?転覆したらボートを起こして、また乗り込めばいいではないか。あるいは、岸まで泳ごう。 ボートが沈んだら、救助が来るまでそれにつかまっているさ。岸がすぐそこなら泳ぐことにしよう。数メートルくらいは泳げるだろう。 「他の人はどうかしらないが、自分がそんなトラブルに巻き込まれることはないね。」
普通の人がそう考えるのもあり得ることだ。しかし、冷水の中ではそうした動作が思ったよりはずっと難しい。 たとえば、水温が高い水泳プールで「転覆からの回復」訓練を経験済みであったとしても、 冷たい川あるいは湖でそれをやるとなるとまったく別の話しになる。冷水の中では、 ボートを起こそうとする身体の運動が低体温症状を速める結果になるし、生存時間を相当に短くすることになる。
そして、ようやくボートを起こして再びそれに乗り込もうとする頃には、物を握る力が低下し、手足が硬直して動作がうまくできない。 転覆したままのボートの上にできるだけ身体を水中から乗り上げて救助を待つほうが良いかもしれないのだ。
後述する5つの「危険」の項で説明する基本原則をしっかり理解して、どんな状況でも、その状況下で最善の選択ができるようにしておかなければならない。

2.3. テクニックを練習しておけ
着衣のまま泳いだ経験がなければ、それがどれほどの影響をおよぼすか理解できないだろう。 どうなるか分からないままその状況を迎えると、落水したときにどういう行動をとるべきかについて間違った判断をしてしまうかもしれない。 転覆からの回復の訓練を行い、その機会にボートにつかまったまま浮いている練習をして、 そのときどんな感じがしたかを頭に入れておくようにしよう。浮力あるシングルは、浮力のないエイト (艇内が水浸しになると水面下まで沈んでしまう)よりもしっかりとした支えになるものだ。 また、ボートの上にできるだけ身体を乗り上げる練習をしておいた方が良い。水泳プールでプールサイドに乗り上げる練習も良い。

2.4. 適切な用具と服装を着用しろ
ローイングでの問題は、身体を動かしているので暖かく感じるし、また身体を動かすために余計な衣服は身につけていないことだ。 そこで、ここで言う用具・衣服は、ボートの上で気持ちよくローイングするものと、 落水したときに体温を低下させないものの妥協にならざるを得ない。理想的なものはおそらく存在しないだろう。 ただ、いくつか要点がある。
? 薄手のものを何枚か重ね着する。着衣の間に水(そして多少の空気も)を捕捉して体温低下を防止してくれる。
? 蒸れ防止、かつ防水機能がある繊維のものを1枚着用していると空気と水を捕捉する効率があがる。
? 身体から失われる体温の50%は頭からである。ジャケットの襟の部分に折り込まれていて、 いざというときに片手で素早く引き出せる防水式のフードが役に立つ。さらに、それが目立つ色や反射材を備えていると、 救助の人が水中にいる対象者を見つけ易い。
? ぴったり身についた衣服が望ましい。その方が、器具などにからまる恐れが少ないし、水中を移動する際の抵抗にならない。
? 他の参考文献によればウール製品が良いそうだ。
PFDを着用すればたしかに生存率は向上する。しかし、生存を保証するものではない。理想的には、PFDは、 常時、所定の着用状態にあるべきだろう。PFDを艇内においておけば良い、コーチのモーターボートにあずかってもらえば良い、 あるいは畳んで腰にくくりつけておけば良いという意見がある。しかし、いずれも問題がある。 水中で着用しようとするのは非常に大変なことだし、そもそも、かじかんだ手でPFDを着用しようと展開することさえも難しいのだ。 冷水ショックの状態にあればなおのことだ。PFDを着用していると次の二つの面で生存を高める。すなわち、
? 顔を水面上に出しているので水を飲まないですむ。ただし、波がある状態では背を波の方に向けておくようにしよう。
? 水中でじっとして体温損失低減姿勢(後出)をとることができる。PFDがなければその場で立ち泳ぎをするか、 泳ぎ回って浮いていなければならない。それだけで生存率が半減する。

2.5. 万一の場合を想定して用意しておけ
出艇するたびに、このボートで、これらの人と、この水域で水中に入るような事態になったら、どのようにして救助してもらおうか、 あるいは自分でなんとかするのか、考えておくべきだ。万一のときにどうするかを頭に思い描いておけば、 実際の発生時に当初はパニックに陥っても、すぐに落ち着きを回復できるだろう。それが生存率を高めるのに非常に大切なことのだ。
それは、個人的な「リスク評価」とも言えるだろう。たとえば、このように自問自答してみなさい。 このボートは浮力万全で、整備状態も良いか?救助艇が近くにあるか?あっても役に立ちそうか?クルー仲間に安全意識はあるか? 必要時、救助を求めることができる人がまわりにいるか?岸の状況はどうか、よじのぼることができるか? この水域は冷たすぎるのでやめておいた方がいいか?一人で乗艇する(推奨できないことだが)とき、自分が水域に出たこと、 そしていつ頃戻ってくる予定であることを他の人が承知しているか?

3 冷水につかっていることの危険性について、そしてそれにどう対処するか
3.1. 水を飲まなくても溺れる「ドライドラウニング」(落水後、ただちに現れるかもしれないし、 その後いつ何時現れるかもしれないリスク)
3.1.1 「ドライドラウニング」とは何か?
残念ながら、身体は、「冷水ショック」で説明する手順ではなく、ときとして(水死事故の5分の1の頻度)まったく別の反応を示すことがある。 筋肉が痙攣して反射的に気道が閉塞してしまうことがある。こうなると水が肺に入ることはないが、空気も出入りできなくなってしまう。 これは冷水が鼻や喉の奥にあたったときに自動的に発生するショック性の反射反応によると考えられている。 これは落水した瞬間に発生するかもしれないのだ。
3.1.2 それにどう対処すべきか?
ドライドラウニングは、足から先に落水したときに発生することが多い。水が鼻に入り易いからだ。また、身体が緊張して、 精神的にも準備ができていない、つまり落水をまったく予想していなかったときにも発生し易い。 もちろん、どの事故も(多くは防止可能ではあっても)予想などしていないわけだが、腹切りなどをして水面に放り出されない限り、 普通は水に入るまで数秒間の警報時間がある。その数秒を利用して心構えを作り上げることだ。 すでに生存率を高めるための知識を得ているわけだから、今やそれを実施に移すべきときが来たということなのだ。
できれば深呼吸をして指で鼻をつまんで鼻孔を閉じ、足から先にではなく、口を閉じてゆっくり水に転がり落ちるようにする。 冷水に飛び込んではいけない。「冷水ショック」の項で述べるように、水に入ったら顔を水面上に出し、 波に対して背を向けてしぶきが鼻や喉に入らないようにする。

3.2. 冷水ショック(落水から1分ないし3分の時間)
3.2.1 「冷水ショック」とは何か?
冷水ショックとは、冷水につかることによる呼吸器の過大な反応である。まず、無意識に大きくあえぎ(息を吸う)、 そして過呼吸(急激、かつ乱れた呼吸)に陥る。それに伴って方向感覚が減少し、どっちが上だか、 ボートや岸と自分の関係位置はどうだったか、などがしばらく分からなくなってしまう。冷水ショックの影響の激しさは、 水温が下がるに比例し、10℃から15℃あたりで最高になる。呼吸を止めていられる能力も水温が下がるに比例する。 冷水ショックは、1分から3分ほどで過ぎ去る。
3.2.2 それにどう対処すべきか
最初の数分間は、溺れないようにすることに全面的に集中しなさい。単純なことのようだが、冷水ショックが来ることを分かっており、 それがまもなく過ぎ去ることが分かっていれば、生存のチャンスも高まるだろう。 もし、最初の無意識の喘ぎがまだ顔面が水中にあるときに発生したとすると、肺の中に空気ではなく水が入ることになる。 もし、高い波の中でで、呼吸も乱れ、方向感覚も失っていると、波と波の間でうまく大きな呼吸をするのが難しくなる。 溺れないようにするためには、顔を水面上に出し、背を波に向けてしぶきや水を吸い込まないようにする。 そして、呼吸を整えるように頑張ることだ。まもなくこれも過ぎ去る、と自分に言い聞かせなさい。呼吸が落ち着いて、 自分の位置・方向を把握できたら、まわりの状況を判断して、救助されるにはどうするのがベストか判断することだ。

3.3. 泳ぐ能力の減退、喪失(水中にいる時間とともに増大)
3.3.1 「泳ぐ能力の減退、喪失」とは何か?
泳ぐ能力は冷水の中では低下する。水温が低ければ低いほど、泳ぐ能力も低下する。この症状は、 体の芯が冷えるよりずっと前から発生しているから、体の芯の低体温症のせいではないないと言える。
泳ぎの大きさが減少する割に、手足を動かす頻度が高くなる。その結果、泳ぎの効率が次第、次第に低下して、疲れが増す。 姿勢もだんだん立ち姿になり、泳ぎの前進力が低下する。手足を大きく伸ばすことが次第に難しくなり、泳ぎの動きがばらばらになる。 指は筋肉が収縮して曲がったままになる。これは、手足の筋肉の局所的冷却によるものと考えられている。 PFDを着用しているからといって、この症状の発生を抑えることはできない。
3.3.2 どのように対処すべきか?
残念なことであるが、答えはただ一つ、できるだけ冷水の中では泳がないようにすることだ。 人によってこの症状の発生の程度は異なる。急速にこれが現れる人もいれば、ちょっとした距離なら問題が深刻になる前に泳ぎきる人もいる。 ある実験によれば、上腕の皮下脂肪の厚さ(※皮膚をつまんで計測する)が大きな要素であるという。 筋肉の周りの断熱層が厚ければ厚いほど、暖かくしていられるわけだ。 泳いで助けに行くのは、それ以外に方法がないときの最後の手段だ。

3.4. 低体温症(30分以上経過した場合、死因の最大のもの)
3.4.1 「低体温症」とは何か?
通常の体温が37℃であるのに対して、体芯の温度が35℃以下になったとき低体温症と言われる。 身体が水中にあると空気中にいるときの25倍から30倍の速さで体温を失う。その速さの程度には以下のようないろいろな要素が関係している。
? 温度差 ― 体温と水温の差
? 着衣による断熱効果
? 体脂肪の厚さ ― 内蔵の断熱材の役割
? 体重と表面積の比 ― 太い身体の方が有利
? 水中でのもがき度合い ― もがくと皮膚に接する水が常に冷たい水と入れ替わる結果になる
? 運動の程度 ― 運動すると体芯から暖かい血液が手足の筋肉へ流れ、そこで急速に熱を奪われる。 立ち泳ぎや泳いで行こうとすると体温損失が40%も増加する。
? 水中での姿勢 ― 頭(体温損失源の50%)、首、わきの下、胸、股など、身体の部分によって体温損失の速さが異なる。
? 身体の鍛え具合
? 日頃の食事内容
成人男性が完全に着衣を身につけ、ライフジャケットを着用して水中にいるとき、予想生存時間は水温が5℃では約1時間、 10℃では約2時間である。細身の若者が薄着でライフジャケットも着用していないとすると、その時間はずっと短い。 しかし、冷水に落水して死亡した人の多くは体芯の低体温症で死亡したわけではない。多くは、低体温症が現れる前に死亡している。 体芯の温度が低下すると、まず影響が現れるのは脳である。犠牲者は混乱した状態になり、記憶力が低下し、眠気に襲われて、 ついには失神してしまう。最初は心拍数が低下し、心筋が敏感になる。そして、鼓動が危険なまでに乱れる。
身体組織に十分な酸素が運ばれなくなり、尿の生成が活発になり、血液量が低下して濃度が高くなる。 気道を保護しようとする反射的な咳が出難くなり、その結果、肺に水が入り易くなる。
水中から引き上げられたのちに犠牲者が低体温症のために死亡することがある。この段階での死亡率は、年齢、体調、低体温症の度合い、 医療措置の内容とタイミングなどにより、20%から80%と大きく変化する。
体芯の低体温症が影響をおよぼし始める前に、より直近の症状として手足の局所的な冷えがある。 これらは落水してすぐに症状が現れることがある。その結果、ボートにしがみつくなどの生存に必要な動作が大きく妨げられる。
3.4.2 どのように対処すべきか?
冷水ショックから立ち直り、まわりの状況を把握できたら、まっさきにやることはできるだけ速やかに、 できるだけ身体の多くの部分を水面上に出すようにすることだ。そして、体温損失の50%をひき起こす頭に覆いをかぶることだ。 それには、ボート(ひっくり返っているかもしれない)とか、その他近くの水中にあって浮力のありそうなものの上に乗り上げることだ。 もしこれができなかったら、身体を少しでも支えてくれそうなものにつかまるようにする。完全に沈んでしまったとか、 流されてしまったということでもない限り、普通、それはボートということになるのだろうが。
もしPFDを着用しているなら、おそらく体温損失防御姿勢をとることができるだろう。 これは、要するに「胎児」の姿勢だ。腕を胸の前に組んで、肘を体側にしっかりつける。そして膝を胸の方に引き上げる。 こうすることで、わきの下、股、胸などの体温を損失し易い部位の保護効果が高められる。 もしPFDを着用していないなら、ボートやその他何でも近くにあるものにつかまって足踏みをせざるを得ない。 そうすれば生存時間が著しく減少し、50%もの減少になる。 さて、それからよく考えて、どうするか決定しなければならない。その決定はいくつかの要素にもとづいたものになる。 つまり、他の人が救助に来てくれるか否か、それに要する時間、岸までの距離、容易に上がれるような岸か、 ボートや物の上によじ登ることができているか、堰や防護柵のない水路など危険なものが近くにないか、などだ。
無駄な動きをしてはならない。転覆した場合、すぐにうまくボートを起こせる自信があるなら別だが、 転覆したボートによじ登ることができるようであれば、わざわざボートを起こそうとしてエネルギーを浪費してはならない。 なにしろ、冷水の中では何をやるにも大変な努力を要するし、それにエネルギーを奪われてしまい、体温損失が増大するのだ。 ボートを起こすことができたとしても、それによじ登るのにはかなりのエネルギーが残しておかなければならないはずだし、 その頃になると腕も脚も神経が麻痺し、硬直して、痛みを感じているだろう。
泳いで安全なところに到達しようというのは成功する見込みはもっとも少ないものなので、最後の最後の手段だ。
心しておくべきことは、
? 水中からできるだけ身体を出しておくこと、あるいは何かにつかまっておくこと。
? 波に背を向けること。
? 頭を覆っておくこと。
? できるだけじっとしておくこと。
? 救助してもらうには何がベストか、じっくり考えること。

3.5. 引き上げられた後の衰弱、昏倒
3.5.1 「引き上げられた後の衰弱、昏倒」とは何か?
低体温症になると通常の身体機能が大きく乱される。冷水から引き上げられたからといって、それがすぐ正常に戻るようなものではないのだ。 身体の循環機能が損なわれてしまっており、脱水症状も加わっているかもしれない。もし水中にいた時間が長ければ、 水から引き上げられたときに循環器に異常をきたすこともある。心臓というのはその通常のリズムというものを乱されやすい (つまり、不整脈)ものだ。身体が外力によって動かされたとしても致命的な不整脈を起こしかねない。
身体を不適切に暖めると血管が極度に拡張してしまい、体芯から温かい血液を奪い去る一方で、 冷たい血液を末梢部から体芯へと送る結果になることもあるのだ。そうなると体芯がいよいよ冷えて、それが致命的になるかもしれない。
3.5.2 どのように対処すべきか?
循環器の異常を防止するために、冷水に長くつかっていた者を引き上げるときは身体を横にしたまま引き上げるようにする。 心臓に不整脈が起こらないようにそっと静かに措置してあげなければならない。できるだけ安静にしてあげる。 体温損失を避けるために毛布(あるいは手近にある何でも)をかけてあげ、そっと暖かい場所へ移す。低体温症の措置は複雑なので、 緊急に病院へ移すことが肝要だ。
がたがた震えているものの、意識ははっきりしていて低体温症の他の症状が見られない人には、濡れた衣服を脱がせて乾いた衣類等でくるみ、 暖かい場所へ移してあげるだけでいいかもしれない。しかし、完全に回復するまで体を動かすようなことはさせてはならない。 その他の人は、病院で完全な診断が必要であり、病院への移送を待つ間、横になって暖かいものにくるまって安静にしていなければならない。

4 まとめ ― チェックリスト
? 落水防止のための予防措置をつくすこと
? 必要なテクニックを習得する練習をしておくこと
? 冷水につかることが身体面と精神面におよぼす影響を理解しておくこと
? 体の具合が悪かったり、疲れていたり、麻薬、酒、空腹あるいは渇きの影響を受けているときには乗艇しないこと
? 適切な衣服を着用すること、PFDを用意すること
? 乗艇のつど、救助されるためにどうするか考えておくこと、そして状況の変化に合わせてそれに変更を加える柔軟性をもつこと 、あるいは危ないと思ったら乗艇しないこと
? 単独での乗艇、あるいは何らかのバックアップなしの乗艇は避けること
? 落水が不可避の状況になったら、せめて落水の姿勢をうまくとって鼻・喉に水が入らないようにすること
? 冷水ショックの間、呼吸を整えることに集中し、口と鼻を水面上に出しておくこと
? 何かにつかまって、できるだけ身体を水の上に出しておくこと
? 頭に覆いをかぶっておくこと
? その状況でどうするのがベストか、よく考えること
? 波に背を向けること
? できるだけじっとして、無駄な動きはしないこと
? PFDを着用しているときは「体温損失防御姿勢」をとること
? 泳ぐのは最後の手段 ― 何か浮きになるものを活用すること
? 水から上がった(引き上げた)ら、横になって体をくるみ、病院に移送されるまで安静にしていること